パラドックス【Paradox】

  ギリシア語が語源で、para(超える・反する・外れている)と、doxa(思考・通念)からなる合成語である。一般的に、認識として「正しい」と思われていることに対して、その反対の認識を「逆説」「逆理」「背理」と呼ぶ。こうした認識をパラドックスと言っている。一般的に正しいと思われている事柄でも、社会や時代、地域によっては、必ずしも正しいということにはならない。つまり、ある社会ではパラドックスであっても、別の次元ではそうではないこともある。有名な話にコペルニクス理論がある。「それでも地球は動く」と言い放った話だ。つまり、世の中ですでに正しいと認識されていることに対して、その反意を主張しても、その主張を裏付ける証拠や証明がなければ承認されることはない。 パラドックスには2つの見方がある。1つは経験的な事実に関することである。そしてもう1つは論理的なことである。経験的なものとしては、永久機関というエネルギーの問題が代表例であり、論理的なパラドックスとしては、クレタ人エピメニデスの「自分は嘘つきだ」という話が有名である。こうした話は哲学的な領域では、カントが指摘した二律背反の問題に繋がっていく。二律背反というのは、ある認識されている事実について、その事実と矛盾する命題が現われ、その命題そのものが、同じように有効な基礎づけをもって主張されることを意味している。カントは、人間の理性が経験の限界を超えるような思考方法を求めるときに、例えば、時空の限界の有無や、世界の基本的構成単位の有無、自由と必然の関係性、絶対者の存在と非在などの議論を生み出した。すなわち、あることを正論として仮説化すると、それに対する反論や否定が結果論として成立してしまう。こうしたパラドックスを二律背反と言うようになった。そして、パラドックス理論でいちばん重要なのは論理的パラドックスである。これは意味論的なパラドックスと集合論的な論理学のパラドックスに分類される。特に学問的な真偽や常識的論理の真偽を議論する大きな手掛かりとなっている。デザインにおけるパラドックス的な思考方法は、デザインを成立させるうえでの、創造的な手続きになると考える。つまり、二律背反を常にデザイン思考の手続きにできると思うからである。   

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