意匠【Isyoo】

  デザインを翻訳しその意味を解説するとき、日本語では、最も近接した意味性が重なる言葉として捉えることができるとこれまでは考えられてきた。工業デザインを工業意匠とか、現在デザインセンターと呼ばれている企業組織もかつては意匠部と呼ばれていた。 日本語としての意味は、まず基本的には絵画・詩文などにおいて、心中に工夫を凝らして制作することであり、面白い工夫や考案をめぐらすことである。そこで、こころだくみと解釈されることから、法律用語として美術品・工芸品・工業製品などの物品に応用するための、形状・色彩・模様などの結合による装飾的な考案、または考案することと定義され、明治42年には意匠法が生まれる。それはデザインと同義的な意味性となり、新規なる工業的意匠を案出した場合は意匠の登録ができるという制度的言葉になってしまった。 しかし、デザインの本質的な意味性が時代的に拡大していくなかで、意匠という言葉は、意匠法で定義された、形状や色彩や模様に対する考案という意味に閉じ込められて、デザインとの同義性は、デザインを日本語で翻訳する部分的な意味になってしまっている。 つまり、デザイン=意匠とは言い難い。むしろ、本来の、こころだくみという意味性に集約した解釈から、「美的な要素への考案による設計」という意味性で定義化すべきだと私は考えている。そうすれば、意匠美という言葉は、デザインによる審実性を日本語として収束した定義譜にすることができるのではないだろうか。意匠デザイン、あるいはデザイン意匠という言い方も、こころだくみを施したデザイン、または、デザインによるこころだくみであり、その結果として、考案されたデザインの審美性までを包含する言葉として、あらためて意匠という言葉の意味的な深度性を回復させることができると考える。デザインと意匠の間に、日本的な伝統美や文化を息づかせる言葉として、意匠という言葉を大事にしたい。

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