労働【labor】

  人間が社会的に生存していくために、その生存条件を確立する要因の1つが「働く」ということである。「労働」あるいは「仕事」とも言う。「労働」には、労苦や疲れ、心配、病気を引き込むというマイナス的な意味を、また「仕事には労働の肉体的、精神的な苦労の成果という+的な意味を、それぞれの言葉の中に感じ取ことができる。均整に入ってからは、「働く」ということの意味を、産業における分業化、経済成果、富野配分ということに連続させるなかで、「労働」はさまざまに定義され、時代的コンテクストとして位置付けられてきた。特に、「都市社会」や「農村社会」の対比において、「労働」は、都市社会での産業・工業化社会の下意識主義や論理性、つまり勤勉さの共通確認を暗黙に合意してきたとM・ウェーバーは語っている。しかし、労働成果は、「生産」側での営為性を主体としている。「働く」には、「はた=周囲(家族や地域)を楽にする」ことで、富を得てその分配を社会に果たすということである。その分配によって消費行動に至る。すなわち、労働は「生産」と「消費」を構造化する源であるという考え方が社会意識や景気と結び付いている。労働の質は、人間個々の能力の差異化であり、「生産方式」と「個人の能力や技能」の関わりであり、人間個々の問題、教育背景や経験・態度などが大きく影響してくる。この問題は、「労働価値説」と「労働による自己疎外性の自覚」として、イデオロギーと連鎖している。そのイデオロギーを明確にした代表は、A・スミスの『国富論』と、マルクスの『資本論』であったと言えるだろう。工業化社会の終焉と情報化社会の到来を受けて、現代の格差社会では「労働の質」が変貌してしまった。ゆえに、イデオロギーとしての労働観も変容を余儀なくされている。具体的には、資本主義か社会主義かという二分性は溶解し、肉体労働であれ、頭脳労働であれ、今や「労働者の管理体制」のあり方が再構築されるべき時代であり、国際的な普遍性として「非労働の自由性」が希求されている。デザインは、グローバリズムとしての「自由な労働」という概念と、その国際的な制度設計に深く関与できると私は考えている。   

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