モバイル【Mobile】

   本来は、「動くもの」を意味する。例えば、ドイツ語では家具を、モバイルと同じ語源を持つメーベルと呼ぶ。ドイツでは家具とは可動性のあるものだった。移動の容易さが家具に求められていたということである。かつての日本でも、車箪笥のように。移動の便利さが家具の使い勝手に繋がっていた。車箪笥は、火事の時に持ち出す容易さを仕組んだものである。最近は、コンピュータの出現とネットワークの普及などとともに、英語のモバイルと、日本語のケータイ同様の意味を持つものになったと理解していいだろう。すなわち、「携帯性や移動性」など「動きやすさ」という意味を確立している。とりわけ、IT用語として、携帯電話回線や移動体通信に関わる機器、インターネットとの接続性、そのシステムといったハードウェアをはじめ、移動体からのアクセスのためのソフトウエア全般までをカバーする言葉であり、かつ象徴的な接頭語になっている。例えば、モバイルミュージックやモバイルプロトコル、モバイルチップなど、すべてにわたって、「移動体からの通信」という拡大的な意味性が強く、むしろ、携帯性、持ち運びやすさという本来の意味が希薄にもなってきている。
 ここでもう一度、この言葉の歴史性に言及すれば、モビールもしくはモービルという、金属片をバランスよくつるした芸述作品に、今日のモバイルの象徴的な意味を見ることができると考える。つまり、移動体からの通信環境は、そのバランス性が最も重要であり、システム全体の調和や秩序性がモバイルを接頭語とする言葉を持つ概念や具体物に備わっていなければならないと思われる。しかし残念ながら、モバイルという言葉でカバーされている現在のシステム体系には、この調和と秩序が完備されているとは言い難い。デザインは、「携帯性」の新たなコンセプトや、「移動性」との接続における形式と内容の創出、さらにそれらの形態化に最も関与することになる。つまり、モバイルインターフェースやモバイルインタラクションというデザインコンセプトとその具体化であるが、まだそうした真に革新的で最適な事例は出現していない。   

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